頭の表面が痛いときは
朝起きて首を動かしてみたとき、痛いことがあります。
一般的に寝違えと呼ばれますが、特に思い当たる原因はないのに、急に首が痛くて動かせなくなるわけですから不思議ですね。
これと同じく、たまに頭のてっぺんや後頭部がピリピリ、ズキズキしたり、鈍痛がしたりします。もちろん、普通の頭痛とは違う痛みで、あくまでも頭皮や頭の表面に何か違和感があるような感じです。
これは頭のてっぺんや後頭部が痛くなる場合が多く、頭皮神経痛(後頭神経痛)と呼ばれるものです。
私の場合は髪の毛を洗っている時に気づくことが多くて、一日で治っていたりするので、病院に行かなければいけないというほどでもないんですね。
でも、症状をくりかえすので、原因はなんだろうと思って調べてみると、こちらのサイト「毛根 痛い 原因」にいくつか載っていました。
まずは寝癖。寝ている間に髪の毛の本来の流れとは逆方向に癖がついてしまい、毛根に負荷がかかっているのだとか。これはたしかにそうですね。
寝相が悪くて、枕に頭を強くこすってしまったりした朝などにそんなときがあります。こんなときは抜け毛も多いのでちょっとショックです。
このケースの解決策もサイトに出ていますが、シンプルでした。「ドライヤーで髪の毛をしっかり乾かすこと」だそうです。
そういえば、私、ドライヤーを使わない自然乾燥派なんですよね。自然乾燥だと頭皮の菌が繁殖しやすいなどと言われていますが、とくに感じたこともないし、なんといっても不精な私としては、風呂上がりにいつのまにか乾いているので便利だったわけです。
しかし、それが毛根の痛くなる原因だとしたら、やはりドライヤーを使うべきかと痛感しています。頭皮の菌や頭皮のダメージは抜け毛の原因にもなる、とも言われていますから。
そのほかに風邪やストレスも頭皮神経痛の原因になるそうです。つまり、体内の症状が頭皮に影響を与えてしまっているんですね。
自分であまり意識しないうちに起きていることですから、ふだんのストレス発散や身体をあたためるという基本的な生活習慣はやはり大事なんですね。
クールな農業用水路
JR南武線の久地(くじ)駅にある久地円筒分水(くじえんとうぶんすい)に行ってきました。
ここには二ヶ領用水と呼ばれる、江戸初期に多摩川で最古の農業用水路があります。
1941年(昭和16年)に円筒分水が築かれる前は水量をめぐる争いが絶えませんでした。
いちばん大きな争いは溝口水騒動(みぞのくちみずそうどう)と呼ばれていて、1821年(文政4年)に発生した干ばつの際に、二ヶ領用水下流の農民が用水を堰き止めたとして、稲毛領溝口村の名主鈴木七右衛門宅を襲撃するまでの事件となったそうです。
この久地円筒分水の設計をしたのは、当時の神奈川県多摩川右岸農業水利改良事務所長の平賀栄治(1892~1982)さん。各用水路の灌漑面積に応じた一定の比率(7.415 : 38.471 : 2.702 : 1.675)で水を正確に分け流しているそうです。
仕組みは以下のとおりです。
1.サイフォンの原理を利用して円筒中心部に水を導いて、円筒状の設備の中心部に用水を湧き出させる。
2.円筒外周部から水が落下するときに、その水が円筒外縁部に設けた仕切りで分配される。
この方式により平地の用水路でも正確な分水を実現できたため、以降、同様の方式のものが全国各地に造られるようになったとか。
戦後日本を占領した米軍も視察に訪れ、この設備は高く評価されました。平成 10(1998)年には川崎市で初めての国の登録有形文化財に指定されました。
平賀さんの偉業をたたえる記述を久地円筒分水のすぐそばで目にすることができます。
民間伝承の賜物
発酵食品が注目されていますね。
発酵食品は食材を微生物等の作用で発酵させることにより加工した食品ですが、発酵させることによっていろんなメリットが出てくるんですね。
旨味を引き出したり、栄養成分や吸収率がパワーアップしたり、保存性がアップしたり。現代のように冷蔵庫が普及していない昔は、はっきりとした根拠がわからないまま、人間の知恵が民間伝承で伝えられていました。
菌の働きによって保存性が増すことがいつのまにか知られていて、さまざまな国で長く食品の品質を保ってくれていたわけですね。
世界にあふれる発酵食品は微生物の種類もさまざまです。そのひとつが、糖分を分解して乳酸を作る乳酸菌ですね。
ヨーグルトやチーズはよく知られていますが、味噌や醤油、日本酒の生成にも乳酸菌の働きがかかわっています。乳酸菌は強酸性のために、ほかの細菌を殺菌する働きもあります。
そのほかの食品では日本の食卓に並ぶ漬物やキムチがあります。
とくにぬか漬けは野菜を塩漬けにしたときに、野菜に含まれている糖分がにじみ出て、その糖分を栄養源として乳酸菌が増えていくんですね。
単体で食べても十分美味しいのですが、微生物の力によってさらなる旨味が引き出されるという醍醐味。たくさんの人に味わってほしいです。
歩けども歩けども
東京大田区羽田空港の近くの天空橋駅(てんくうばしえき)周辺によく行きます。
駅の名称は近くの海老取川に架かる「天空橋」からきています。昔はエビがいっぱいとれたから海老取川と呼ばれたそうですね。
多摩川河口なので、ハゼ釣りが人気です。釣り人のあいだをモーターボートが川の上流からやってきて、東京湾に水しぶきをあげて出かけていきます。
ボートがつくりだす波が砂浜に打ち寄せてきます。静と動が交差する河口です。
ちなみに、天空橋駅はそのメルヘンチックな名前とは裏腹に、橋自体は茶色の鉄橋で飾り気のない橋なのですが、橋の上からは離陸する飛行機を眺めることができるので気持ちがいいです。
一度、ここから多摩川を右手に見ながら、ひとりで羽田空港に向けて歩いてみたことがあります。ところが、たまにジョギングの人を見かけたくらいでまったく人が歩いていないんですね。
夕陽が出てきて心細くなってしまい、ここのままでは帰りが夜になってしまうと心配になって、途中から引き返したことを覚えています。
人のいないところを散歩するのはとても開放感がありますが、ほとんどいないところを延々と歩くというのはやはり淋しいものですね。人恋しくなります。
世界地図は変わってしまうのか
地球全体に激しい変化が起きているのは地軸の変動が原因という説があります。
地球はコマのように地軸を中心に自転していますが、地軸に対する自転のブレはおおむね10年のサイクルで移動するそうです。
昔は探検家や科学者が測定してきましたが、いまでは衛星を使って測定されていて、約100年の間、年に数cmほど自転極が移動することがわかってきたそうです。
2004年12月26日に発生したマグニチュード9.3のスマトラ島沖地震では、最大で約2cm程度移動したとする予測があります。
現在はカナダ方向からおよそ75度東に向きを変え、英国グリニッジ方面に向かっているのだとか。
それとはべつに、地球は地磁気を持っており、その強さは常に変動しながら数百万~1千万年の周期でN極とS極が反転するポールシフトという現象が起きているそうです。
ちなみに、新世紀エヴァンゲリオンにもポールシフトが題材として用いられて、「セカンドインパクト」と呼ばれる南極での大爆発により地軸の変動が発生し、日本は常夏となるという設定になっています。
軸が動けば南極の氷棚が動いて漂流します。それとともに水も移動していって、地球はますます変化していくことになるわけですね。現在の地表にいつまで私たちは住めるのでしょうか。
お酒に飽きるのもいいかも
アルコール依存症は習慣的に飲酒しているうちに、だんだん進行していくそうですね。
いろいろ調べてみると、依存症との境界線というものがありました。
緊張をほぐすのにお酒が必要とか、生活の中で飲むことが優先になるというのが境界線にいる人の心理なのだそうですが、私はそこまでではないのでちょっと安心しています。
年齡とともに「お酒に飽きる」というか、飲む量もだんだん減ってきました。
ちなみに、私はタバコを大昔にやめたこともあって、タバコの煙が苦手なんですね。そうなると、いまの日本の飲み屋さんでは禁煙のところはほんとに少ないので、だんだんお店で飲むこともなくなりました。
だいたいだれかと飲むときに、お酒の量も格段に増えますよね。気分がよくなってしまって、ついつい飲みすぎてしまうわけです。
飲む量を減らして気持ちを切り替えるきっかけとなった人との出会いがあります。お酒を飲んだ席である人が言いました。
「私ね、アルコール依存症なんですよ。飲みすぎると肝臓がぶるぶる震えるし、もうこれ以上飲めませんって悲鳴をあげてるのがよくわかるんですよ…」
沈黙の臓器と呼ばれる肝臓がそれだけ反応しているということは、相当なものなのだろうと思ったものです。おたがい飲み過ぎには気をつけたいですね。
本人がその生き方で幸せならば
友人のひとりがいろいろこちらに干渉するタイプで、ときどき困ってしまいます。みなさんはまわりにいませんか?生活や服装のこと、恋愛などに干渉するタイプの人。
私の場合はおもに生き方と服装のことを言われます。
君は君だけにしかできない生き方を送ってきたのだから、自分には同じようなことができない分、がんばってほしい、みたいなことです。「じゅうぶん、がんばってるよ」って言います(笑)。
言っちゃいけないとわかっているのに、つい病人やしんどい生活をしている人に向かって「がんばって」を言ってしまったときのあの感じの逆です。
「自分の人生は平凡だから、かわりにあなたにがんばってほしい、それが私の夢でもある」という考え方は一見美しい友情のようですが、ただの夢の押しつけだと思います。
彼が服装のことを言うときも同じ理屈のようです。流行を追いかけるタイプの彼。でも、私は流行を追いかける方ではないんです。
ですから、私はそれよりに自分の趣味や実用性を重視した服を選ぶわけですが、それをいちいち批評されるのが面倒ですね。たまにほめられてもとくにうれしいとも思いません。
自分は自分。他人は他人。本人がその生き方で幸せであれば、他人はなにも言うことはないはずですね。家族はべつとしても。